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zoom RSS 【書評もどき】「村上春樹いじり」を読んだ。

<<   作成日時 : 2013/12/13 23:34   >>

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村上春樹いじり
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「やれやれ、僕は射精した」

 この言い回し、村上春樹を読んでいなくとも、ネット界隈にある程度の長さコミットしている人なら一度くらい目にしたことがあるだろう。もちろん(あるいは流石に)、こんなフレーズはそのまま春樹の小説に出てくるわけではなく、これをネットに書きこむ人もそれを承知でネタとして書いてるわけだけれど、ある意味ではこの短い文章は村上春樹という作家のエッセンスをこの上なく上手く凝縮しているといえなくもない。
(このエッセンスを短い言葉でいうなら、「ディタッチメント」「春樹的クール」「セックス」の3つということになるだろう。知らない言葉があっても意味は別に考えなくていい)

 だからこそ、このフレーズは、どこまで行っても「やれやれ、僕は射精した」でしかない春樹小説への嫌悪を表して書くのと、あるいは、真面目な顔をして射精するオッサンという冷静に考えるとかなり異様な絵面を茶化して書くのと、両方の立場から今も愛用されているのだと思う。

 そして、この「村上春樹いじり」という本は、村上春樹に興味を持てない人、村上春樹が気になる人、村上春樹を読んでもわけが分からなかった人に、
「とりあえず春樹の作品に込めたメッセージとか置いておいて、『やれやれ、僕は射精した』って面白がろうぜ!!」
 という提案をするという立場の、かなり斬新なブックガイドだ。

 ところで村上春樹は、その小説を知ってしまった時点で、
「あなたは村上春樹が好きですか?」
 という踏み絵的な問いを強要するタイプの作家だと思うのだけれど、先に僕の立場を表明しておくと、

「面白いけど、気に入らない」

 という回答になる。そもそも僕が春樹を知ったのはなんと大学生になってから、それも春樹ヘイトがまるで窒素のように空気中に漂う文学部日本文学専攻という空間で、アンチ春樹の急先鋒として一部で超有名な批評家の教授から、生れて初めてその名を聞かされたのだ。下手をすると純粋培養のアンチ春樹にすらなりかねなかった、作家との出会いとしては考えうる限り最悪のスタートであると思う。それでも僕は春樹を読み、自分の頭で考えて今の立場にいることを表明しておく。

 まぁ、僕のことは良い。要するに、僕は春樹に興味があり、どちらかというと「やれやれ、僕は射精した」と面白がるタイプだったので、この「村上春樹いじり」にはすぐに興味を引かれて読んでしまったという話だ。

 この本のポリシーは、以下の三つに集約されている。
 ちょっと長いけど重要なので引用する。


 もしこの本を手に取られたあなたがこの本を、おそらく装いを見て「村上春樹を誰でもわかりやすく紹介してくれる優しいブックガイド」と思われたのなら、それは誤解です。もちろんブックガイドです。わかりやすいのもお約束します。しかし読んでもらえればわかりますが、この本はブックガイドと銘打っておきながら、あまり村上春樹の小説を褒めておりません。むしろ貶している評までございます。
 しかしどんな評であっても、その本を読んでほしい。いくらつまらなくても、そのつまらなさを読まずに切り捨てるのではなく、じかに見て確認してほしい、という魂胆は、ほかのブックガイドが持つ意思と変わりません。(本文 p1〜2)


 ちょっと読んでみてもまったく「良さ」がわからず、村上春樹のある「特異な作風」になんだか背中がむず痒くなる。(中略)その村上春樹が嫌いな方が大方感じるであろうスノッブさやら、キザさやら、そういう村上文学の「イヤな部分」を本書では「おかしみ」に変えたいという試みを実践しており、「女と寝る」「ジャズバー」「オンザロック」などという村上文学のアイテムにめざとく反応しては「なにがオンザロックだよ」と合いの手を差し伸べ、「笑い」という肯定的な感情を起こしたいというのが、手前味噌ではありますが、本書がほかのブックガイドとは趣向の異なるもうひとつの試みでもあります。(本文 p3)


「よくわかんねぇ」って文学作品には言えない空気って、あると思うんですけど、そこをね、勇気を振り絞って言ってみてほしいのよね。そこから始まるものもあるし。
 文学作品に接したときに、自分の感想が言えない。よくわからなかったんだけど、馬鹿にされそうで怖い、みたいなところから読書離れって生まれるんだろうと思うし。よくわかんないで(筆者補足:この本の作者が)これだけ語れるんだから、まずは読んでみて自分の感想を言える土台を作ることが重要ですよ。だからもし読書人口を増やしたい、村上フォロアーを増やしたいっていう本書のようなブックガイドでも「よくわからねぇ」は全然言っていいし。むしろ積極的にどんどん言っていこうよ。
 ボクは何度でも言うぞ。よくわかんねぇ!!!(本文 p182)


 この三つを軸に、この本は春樹文学の解釈やら小難しいことを打っちゃり、春樹主人公の超然としたクールな態度、やけに小洒落た言い回しなどを「春樹的クール」と名付け、徹底的にツッコんでいく。「風の歌を聴け」についての評から引用すると、

 この春樹的クールさにのせれば、あらゆるフレーズもなんかかっこよさげに聞こえます。たとえば122ページの「僕は自分が一時間ごとに年を取っているような気さえする。そして恐ろしいことに、それは真実なのだ」というなにか名言めいたフレーズもよく考えてみると「当たり前だろボケがぁ!」と思わず小突きたくなるシロモノですが、なんかそれらしく見えてきます。「あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕達はそんな風にして生きている」(P90)という言句も、なんかかっこよさげなことを言っているようで、よく考えたら別にたいしたこと言ってません。雰囲気です。(本文 p13)


 と終始こんな調子で、「こいつ、クソだわ!」「ぶん殴るぞ」「ボケ」「死ね!」という言葉とともにズバズバっと春樹のいやらしいところに斬り込むさまは見ていて非常に爽快で、「ビール」「コーヒー」「サラダ」「バナナダイキリ」などといった春樹的クールアイテムにいちいち突っかかっていくさまなど、僕は腹を抱えるほどに笑ってしまった。

 だからと言って、ただ単に春樹をネタにして貶すだけの本なら僕がこうして記事を書こうと思わなかっただろう。こういう笑いを誘うネタを連発しながら、なにげなく作者は鋭い視点を発揮していて、それがすごいのだ。

 本文中の章題から抜き出してみると、

『下世話なスケベ根性を排除する春樹』
『人様に顔向けできる「喪失」や「悲しみ」』
『春樹の悪いクセ=「男が求めることを女から切り出す」』
『春樹文学のいつものガラス工芸ヒロイン』
『「その答えはどこまでいっても、イエスでありノーだ」』


 ……などなど、僕のようなある程度春樹を春樹のままで受け入れられる人間が見逃してしまいがちなところにズバっと切り込む話題がたいへん多い。他にも秀逸な章題が多いので紹介したいが割愛する。
 この作者が提示してくれる視点、実は僕には既視感があり、それは何を隠そう、前述した僕に村上春樹を教えた批評家、渡部直己の春樹論だったのだ。もしこの作者が指摘する「春樹的クール」「春樹的ご都合主義」を渡部直己に語らせるなら、「悪しき黙説法」「自己愛の肯定しかない小説」という若干小難しい言葉になるだろう。渡部直己が文学者向けに言っていたものを、作者はいとも簡単に、万人にわかる言葉で指摘しているのだから、僕は本当に恐れ入った。

 つまり何が言いたいのかというと、この本は良くも悪くもとても軽薄で、なおかつガチなのだ。僕のような下衆な根性を持った春樹読者なら是非読むべきだし、春樹が嫌いな人や春樹を読んでも分けがわからなかった人も読んでみるといいと思う。特に、「わからないならわからないと言っちゃえ!」という作者の態度には大変共感した。特に春樹作品には「わからないところに何か大切な何かが書いているような気にさせる」詐術が盛りだくさんなので、わからないと言うと馬鹿だと言われそうな恐怖があり、そこで敬遠してしまう人も実際多いだろうから、この本がその恐怖をちょっとでも軽減し、春樹を読んでバカ笑いできる人が増えれば作者にとって本望だろうし、僕だって嬉しい。

 ……ところで、ここから下の記述は、ただでさえ書評になっているか怪しいこの文章の中で、さらに書評から遠いものになる。

 読み終わって、この本のamazonレビューを眺めていると、

「読みが浅い」
「表面的な部分にしかつっこめてない」
「分からないなら分かってから書け」

 などという批判が散見される。
 この記事でも挙げた、「読んでほしいからこそ良いところも悪いところも正直に書く」「メッセージとか意味とか置いといてとりあえず春樹的なサムシングを面白がる視点を提供する」「わからねぇものはわかんねぇままでいいだろ」という三つの軸は、本文中で何度も反復して出てくるというのに、あたかもそれが目に入らなかったように、だ。

 もちろん、こういう事を書く人たちに「じゃあ春樹がこの作品に込めたメッセージって何ですか?」って聞くと誰一人として答えられないことは目に見えているので、そういう大人げないことはしない。
 僕は考えた。なぜ、このようなことを言い張る人たちが出てくるのか。その原因をこそ考えるべきではないかと。
 そして、春樹の作風……春樹的クールの応酬、定番的な春樹的クールアイテムの配置という要素を、改めてこの本を読んで俯瞰し、ひとつ、思いつきを得た。

 これ、ジャンル小説じゃん。

 ジャンル小説、すなわち、ミステリ、SF、恋愛、時代小説……といった、「○○もの」と呼んでひとつのクラスタを形成できる小説群のことだ。
 ジャンル小説にはそのジャンル特有の「お約束」があり、そのお約束展開やお約束アイテムを組み換え換骨奪胎することで、そのジャンル内でのその作品の個性が生まれるのだ。なので、ジャンルの背骨を為すそれにつっこんでいては、作品をまともに楽しめないだろう。
 たとえば……ここではわかりやすく、漫画の例を挙げるけど、

 名探偵コナンに、
「なんでコナン達は毎回殺人事件にでくわすんだよ」
「コナンがしゃべってるの見えるだろ! 気付け!」
「犯人がいつもちゃんと自白するのはなんでだよ!」
 と言い、

 ニセコイに、
「なんでこんなヤツがこんなにモテるんだよ!」
「こんな都合のいい美少女いるわけねぇだろ!」
「鈍感すぎるだろ!!! 死ね!!!!!!!」
 と言ったところで、作品は揺るがないのだ。

 なぜならそれはジャンルものを構成するピースたちであり、それらの組み合わせ、組み換えによってジャンルは成り立っているのだから、そこにつっこむのは、それは初めからその作品を読む意思がないに等しいのだ。

 つまり、
 ミステリにおける「犯人」「探偵」「ワトソン役」「殺人事件」「トリック」
 ラブコメにおける「無意味にモテる主人公」「美少女」「幼なじみ」「ラッキースケベ」
 と、
 村上春樹における「コーヒー」「サラダ」「パスタ」「やれやれ」「セックス」
 は等価だと読めるのではないだろうか?

 ならば、村上春樹の小説はもはや「純文学」ではないし、「文学」ですらない。
「村上春樹文学」という名のひとつのジャンルを一人で作ってしまったのだ。言うなれば、立川談志が落語の中に「立川流」を作ってしまったのと同様に。

 そう解釈すれば、この本を読んで顔を真っ赤にする人たちの心情もいくらか理解できる気がしてくる。この本は、彼らにとって春樹というジャンルの根本を茶化すだけの本なのだ。最初から読むなと言われても仕方はないかもしれない。

 とはいえ、例えばめだかボックスという漫画について、信者よりもアンチの方が作品についての読みが深かったり詳しかったりする事例もあるし、コナンについて「バーローwwwwww」「ネタバレ:コナン=新一 → んなわけねーだろwww」という茶化し方をして楽しむという楽しみ方も、またひとつの作品の受容のしかたとして存在していいはずだろう。

 最後に、動画をひとつ紹介したい。
 ニコニコ動画に挙げられている「ゲーム実況動画」のひとつで、「Dance!Dance!Dance!」というゲームの動画だ。
 ここまで読んだ方なら、このタイミングでこの動画を紹介する意味をもう察しただろう。この動画を楽しめる人なら、百パーセントこの本を楽しめるだろうと、保証して、筆をおくことにする。




(僕が今まで読んだ春樹に関係する本も挙げておく)


リトル・ピープルの時代
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内 容 ニックネーム/日時
これはすごい評ですね。実に簡潔にして明快。・・・感想、一言で書ききれないけど、「じゃあ春樹がこの作品に込めたメッセージってなんですか?」と問うと、誰も答えられないと言うのは明白、というのに大笑いしました。
で。あと、「ジャンル小説」の話ですが。・・・先日、父親と話していたら「村上春樹って要するに(メタファーを取り除くと)ムードミュージックか、洋風演歌(そんなのあるか)なんじゃないか」と言うので成程と納得しました。男と女と珈琲とレコード、という三点セットが揃えば春樹だと。
葉山美玖
2013/12/14 00:49

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